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19歳のとき、日本に来ていた夫と合流するため
キム・ケリョンさん
(女性 84歳)
足跡:慶尚北道→鶴見→宮城→横浜
 
《タミコちゃんが生きていたら会いたい》
 故郷は,韓国,慶尚北道.あたしのいたところは,町だったの.ちっちゃな町.お兄さんは学校出たから郵便局入れたの.お父さんも,お兄さんも郵便局で働いてた.お母さんも郵便局でね,事務の人たちに出すご飯炊いてやっててね.
 郵便局の所長さんの娘が,あたしとおんなじ歳で,今も名前,忘れません,タミコさんで.小さかった時,あたしが見たことも食べたこともないのくれて.おんなじ歳でとても,仲良かった.うちはものすごく世話になったんだ,あのうちのおかげで食べていってたんだもの.そりゃあー,あんた,仲良しだったんですよ.そん時日本も食べ物あんまりなかったじゃん.タミコちゃんちは,郵便局の所長,偉い人だからね? 庭が広いしね,井戸掘って,こう,広いところで,トマトだとか.あんなにおいしいトマト今でも食べたことない.あのお父さんがね,魚を食べたらね,骨が残るでしょう? 残ったら甕を埋めて,みんなそこ入れちゃう.そこ入れて肥やしにしてトマトを作ったら,あのおいしいトマト,今でも食べたことない.タミコちゃんちのトマト以外.あたしそれ食べたいためによく遊びに行って.
 
<音声データなし>
 
 語り手の方々のことばです:
戦争っていうの、もうこりごりだ!
時代の流れ
看護婦の勉強をしながら...
タミコちゃんが生きていたら会いたい
「女は勉強しちゃいけない」って、不思議でしょ
勉強家だった夫の思い出
戦争になる前の小学校で
慣れない日本での暮らしと...
皇国臣民化教育
結婚して1ヵ月後、夫が徴用されて
炭鉱労働の傷あと
夫がハンサムだから苦労が目に見えてた
戦争中、子供を連れて逃げた
解放後、浮いたまんまになった
みそ・しょうゆ作り
字が読めないから人を信じなきゃ仕方ない
九州に徴用された夫について来日
川崎より住みやすいところはない
募集に応じて日本へ
歌うどころじゃなかった
親同士で結婚を決められちゃって泣いたよ〜
年がいって、韓国人が恋しくなる
徴用されないよう、十四歳で結婚した
嫁に来たとき、言葉もわかんないし、何も知らなかった
いま考えれば人間じゃなかった
赤紙が来た
植民地になったのを、忘れはしないけど許すことはできる
日本の戦争、朝鮮動乱。私は本当、戦争犠牲者。
泣いたよ、イルボン行くときは
日本にあこがれていた
キムチは買ったことがない
朝鮮人を犯人扱いするとは何ごとか!