hist018
朝鮮戦争を逃れ、貿易商の父を追って渡日(12歳?)
サ・ファスンさん
(女性 71歳)
足跡:
中国→ソウル→釜山→東京→川崎

〈戦争犠牲者〉
 うちの親父(夫)はむかし日本の人に無理やり連れられて。一番最初につれてきた時は鉄砲玉つくる会社にいれられたの。中学校の時無理やり警備隊につれてこられたの、船に乗せられて。それでうちの戦争が始まった時シベリアにつれられて、そのとき鉄砲玉があたって輸血したのが肝硬変の輸血をもらって、それが年取ってからおなかに水がたまってそれで亡くなったの。やっぱしそういう病気になったから無理ができなかったのよね。肝臓は痛いっていうかかったるいのよね。全然働かないから怠け病なのかと思ったよ。(戦争時の思い出は)もーう、いっぱいあるよ。(中略)日本の戦争でさんざんやられて、その次、朝鮮動乱*。私は本当、戦争犠牲者。よくここまで生きてきたなと思うよ。

<肉声聞けます>
〈外国人登録係のえこひいき〉
 (字を読み書きできないことで)もう本当に泣いたこと何回あるか分からない。もう、一日横浜を2回3回行ったことある。あの小さい子を一人は負ぶって一人連れて。私はまた8月がちょうど取り替える時期だったの。暑い盛りにもう泣きながら歩いたよ。この書類が足りないから、ポーンと投げ出してね。それが、外人が来てね洒落た人がくるとなんとかかんとかお世辞を使ってよくやってくれるけどね、わたしみたいな貧乏人で子連れでよ、字が読めない書けないったらポコンて投げて、まるでゴミくずでも投げ捨てるようにね。もう一回私あんまり悔しいからね、いいな牧師さんがちょうど外国に行って帰ってきて相談に行ったの。よっしゃ私がいってやるって言ってね。もう、すぐできたよ。うん、すぐできたよ。それからは、私が行くとすごーくやらかくなった。ああいうのをえこひいきっていうのかな。私はもうああいうところの人間嫌いだから。やっぱりなり見て馬鹿にしたり、あのね。それで外人の女が来るともうお世辞言って、外人だってよくできないのに一生懸命なんとかかんとか言うけど、私のはなになにが足りないって言ってポンとあの入り口から放り投げるけど。
 <肉声聞けます>
 
 語り手の方々のことばです:
戦争っていうの、もうこりごりだ!
時代の流れ
看護婦の勉強をしながら...
タミコちゃんが生きていたら会いたい
「女は勉強しちゃいけない」って、不思議でしょ
勉強家だった夫の思い出
戦争になる前の小学校で
慣れない日本での暮らしと...
皇国臣民化教育
結婚して1ヵ月後、夫が徴用されて
炭鉱労働の傷あと
夫がハンサムだから苦労が目に見えてた
戦争中、子供を連れて逃げた
解放後、浮いたまんまになった
みそ・しょうゆ作り
字が読めないから人を信じなきゃ仕方ない
九州に徴用された夫について来日
川崎より住みやすいところはない
募集に応じて日本へ
歌うどころじゃなかった
親同士で結婚を決められちゃって泣いたよ〜
年がいって、韓国人が恋しくなる
徴用されないよう、十四歳で結婚した
嫁に来たとき、言葉もわかんないし、何も知らなかった
いま考えれば人間じゃなかった
赤紙が来た
植民地になったのを、忘れはしないけど許すことはできる
日本の戦争、朝鮮動乱。私は本当、戦争犠牲者。
泣いたよ、イルボン行くときは
日本にあこがれていた
キムチは買ったことがない
朝鮮人を犯人扱いするとは何ごとか!