世代と民族を結ぶ柱は、「在日一世の生活の記憶」であり「知識」であり「感性」だと思います。記憶を再生し、大いに語っていただく活動を2006年、2007年と集中的に実施いたしました。
 「ハルモニ方には、まだまだ活躍してもらいますよ」といった私たちの熱い想いが伝わって、思い出すことがつらい人も、語ることの意味と、語ったことによる「解放感」を少しでも感じていただけたのではないかとおもいます。
 合計30名あまりのハルモニ・ハラボジからお話をお聞きし、それぞれのお話の要点をプロファイルとしてここにご紹介します。
 
 

17歳のとき、百姓するより日本に嫁に行くのがいいと姉が勧められて
 
《戦争っていうの、もうこりごりだ!》
 いちばん、初めてできた子どもは、男の子。わたしが18の歳の晩に、これが12時になっとればね・・・・・ 続き

 
                        <肉声聞けます>
                           
                           
チョン・スネさん
(女性 82歳か83歳)
足跡:忠清南道→長崎→佐賀→川崎

生後8ヶ月のとき、父が先に日本で仕事を見つけてから生活のため一家で移住
 
《時代の流れ》
最初は朝鮮でしたよね、みんな。それが韓国になったのは、韓国へボサンザンへ行くようになったでしょ。・・・・・ 続き
 
                        <音声データなし>
キム・キョンジャさん
(女性 77歳)
足跡:韓国せんざんぐん→東京→群馬→川崎

日本生まれの二世/9歳で韓国へ/50歳で再渡日
親の仕事/結婚させるため親戚が呼び寄せた
 
 《看護婦の勉強をしながら病院で働いていた頃、ユギオ(朝鮮戦争)勃発》
 こんなことがありました。釜山港で働いていた避難民が海に落ちて怪我をして、・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
                            
ムン・ソファさん
(女性 70歳)
足跡:東京→山口→釜山→蔚山→ソウル→川崎

19歳のとき、日本に来ていた夫と合流するため
  
《タミコちゃんが生きていたら会いたい》

  故郷は,韓国,慶尚北道.あたしのいたところは,町だったの.ちっちゃな町.お兄さんは学校出たから郵便局入れたの.お父さんも,お兄さんも郵便局で働いてた.お母さんも郵便局でね,・・・・・ 続き
 
                        <音声データなし>
キム・ケリョンさん
(女性 84歳)
足跡:慶尚北道→鶴見→宮城→横浜

24歳のとき、日本に来ていた夫に合流するため
 
《「女は勉強しちゃいけない」って、不思議でしょ》
 学校はね、夜、教えるところがあったの。そこに2日行って、3日目に行くときに見つかっちゃったの、お父さんに。内緒で行っていたから。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
 
                          
キム・スンナムさん
(女性 86歳)
足跡:ソウル郊外→東京→川崎

出稼ぎに来ていた父母に合流するため
 
《勉強家だった夫の思い出》
 (夫は)本当にたまにしか働かない、いつもね、ネクタイ締めてスーツ着てるんですよ。それで仕事ができるわけないね。・・・・・ 続き

 
                        <音声データなし>
キム・ユスンさん
(女性 80歳)
足跡:慶尚南道→東京→川崎→東京→横浜→川崎

23歳のとき、働きに来ていた夫に合流するため
 
《戦争になる前の小学校で》

 それで、あの時は日本の植民地だったでしょ? そういうあれがあって、韓国語は学校でもないし、習ってないわけね。だから家で、小学校卒業してから韓国語を習った。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
                          
イ・オッキさん
(女性 78歳)
足跡:慶尚北道→川崎

17歳のとき、来日していた男性と結婚して
 
《慣れない日本での暮らしと嫁ぎ先のやさしい家族》》
 主人は韓国には働く仕事ないからって、14才の頃から日本に来て働いていた。そしてお嫁さんさがしに日本から韓国に来た。・・・・・ 続き
 
                       <音声データなし>    
ソン・チャスンさん
(女性 81歳)
足跡:慶尚南道?→大阪→広島→青森→鹿島田→桜本

13歳のとき東京に旅行。15歳のとき、日本に来ていた夫に合流した。
 
《皇国臣民化教育》
  学校は、小学校だけ行った。向こうは、私の歳で小学校で目いっぱいだよ。・・・・・ 続き
 
                         <肉声聞けます>
                           
                            
チェ・ミョンランさん
(女性 80歳)
足跡:慶尚南道→川崎

NO photo 24歳のとき、徴用されて日本に行ったまま戻らない夫を探しに
 
《結婚して1ヵ月後、夫が徴用されて》
 
戦争が終わり、帰ってくると思ったが、帰ってこない。まだ若かったから、帰ってくると思っていたが、帰ってこない。・・・・・ 続き
 
                        <音声データなし>
チョン・オルスンさん
(女性 82歳)
足跡:慶尚南道→愛知→大阪→新潟→川崎

炭鉱労働に徴用された(18歳)
 
〈炭鉱のようすを問われて〉
 日本に来たとたん、戦争が始まった、だから全部配給ですよ。炭鉱は九州の神代炭鉱で働いていた。事故もあって、さっきまで一緒にいた人が亡くなったりした。・・・・・ 続き
 
                        <音声データなし>
ハ・チャジュさん
(男性 84歳)
足跡:韓国ケジョン→熊本→島根→大阪→川崎

田舎よりは日本に嫁ぐほうを選んで(17歳)
 
〈夫の女道楽に悩む〉
 あたし、夫の運がないよ。(中略)結婚したときは、夫がハンサムだから文句言ったことがある。・・・・・続き 
 
                       <肉声聞けます>
                           
〈役所の外国人登録係の不手際を正す〉
                           
                          
  キム・ソンテさん
(女性 84歳)
足跡:韓国慶尚南道(大邱の近く)→名古屋→岡崎→盛岡→川崎

来日していた男性との結婚を決められ母親に置き去りにされた(18歳)
 
〈戦時中をいま振り返ってみると〉

 町内ってあるんですよね、組になって。バケツに水汲んで、飛行機、飛んできたら、鉄砲撃ったらそれ消すんだって。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
ハン・ソギさん
(女性 86歳)
足跡:韓国慶尚南道(釜山の近く)→福島→川崎

仕事に来ていた兄を追って渡日(14歳
 
(年老いて韓国を思う)
 韓国にも行きますよ。従兄弟とかいるから。親のお墓もあるし。やっぱり、ここが長いからね。・・・・・ 続き
 
                       <肉声聞けます>
                          
ソ・ユスンさん
(女性 80歳)
足跡:韓国慶州南道→東京→静岡→名古屋→戦後韓国へ→川崎

来日していた男性との結婚を決められて(17歳)
 
〈配給の豆で味噌や醤油を作る〉
 食べ物は、手に入らない、豆が配給で入るから、みそもしょうゆも作った、自分で作るんだ、豆を水につけておくとやわらかくなるから、それから煮て、・・・・・ 続き
 
                       <音声データなし>                                 
イ・マルスンさん
(女性 82歳)
足跡:韓国慶尚南道コスン郡(釜山の近く)

来日していた男性との結婚を決められて(17歳)
 
〈人を信じる〉
 10年ほど前に人の借金の保証人になって、お金がなくなりました。実は、その前にわたしがマンションを買うときに、在日だけど日本生まれの若い人が保証人になってくれました。・・・・・ 続き
 
                       <音声データなし>
キム・イムスさん
(女性 80歳)
足跡:慶尚北道大邱市→東京→鶴見

夫が徴用されて(21歳
 

〈九州の炭鉱での仕事ぶりを聞かれて〉
 九州は大きい会社があって、そこによく石炭を山盛りにした車が20台、30台も連なってきた。石炭が落ちてきたら死ぬ、危ない仕事だった。・・・・・ 続き
 
                      <音声データなし>
イ・ブンジョさん
(女性 87歳)
足跡:韓国慶尚北道→福岡→川崎→栃木に疎開→川崎

戦争のために来日した夫を追って(29歳および42歳)
 
〈追分が一番〉
 現在、川崎市川崎区追分に住んでいる。川崎が最高。・・・・・ 続き
 
                      <音声データなし>
ナム・オップンさん
(女性 77歳)
足跡:韓国慶尚南道→1)川崎、→2)川崎・埼玉・千葉

集団就職の募集に応じて(16歳)
 
〈田舎の生活を免れるために渡日を望む〉
 うちは百姓だったから、畑行って草とったりやってたのですよ。熱いときとか大変でね。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
                          
キム・ムンソンさん
(女性 81歳)
足跡:韓国慶尚南道釜山→静岡→川崎

来日(17歳)
 
〈いまも唄を歌えない理由〉
 山田:善伊さんはなぜトラジで歌を歌わないのですか?
 善伊:私歌えないのですよ。あんなに苦労して生きてきたから歌を習う暇もなかったしね。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
                          
キム・ソニさん
(女性 86歳)
足跡:韓国慶尚南道→川崎→疎開で船橋・錦糸町へ

徴用された父を追って(3歳か4歳)
 
〈泣く泣く結婚〉
 18か19の時も、まだ嫁に行きたくなかったの。(中略)だんなさんになるの(人)を見たこともない。親同士で決めて、・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                             
                          
ヨ・ウルラムさん
(女性 81歳)
足跡:韓国慶尚南道(大邱の近く)→福井→川崎

父が渡日していたきょうだいを訪ねてきて(2歳)
 
〈夫亡き後、トラヂ会へ通うようになる〉
 コウキュウコウシャが建てたアレやから、5階から11階まで。そやから50軒くらいが住んどるけども、・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
                          
ソ・フナムさん
(女性 81歳)
足跡:韓国大邱の近く→京都→大阪→北海道→三浦半島

徴用を免れるために結婚(14歳)
 
〈戦後の在日朝鮮人運動への参加を問われて〉
 私、そんなことをする余裕がなかったです。主人もそういうのはしなかったの。・・・・・ 続き
 
                       <音声データなし>
 
                          
オ・チャドさん
(女性 81歳)
足跡:韓国慶尚南道ウルン市→群馬の甲府→愛知→福井→京都→鶴見

母が夫を追って来日していたところに呼び寄せられ(16歳)
 
日本語がわからなかった頃、機転で克服〉
 来たばっかりの頃は日本語分からないから、「これくれ」って言えない。・・・・・ 続き
 
                       <音声データなし>
 
 
                          
パク・トゥレさん
(女性 79歳)
足跡:韓国慶尚南道蔚山→川崎

来日(20歳)
 
〈今考えれば、人間じゃなかった〉
 夫が亡くなったとき私は42かな。それから無我夢中で働いた。4人子どもがいるから。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
                          
キム・ボッピルさん
(女性 85歳)
足跡:韓国慶尚南道蔚山市→大阪→静岡→兄のいる川崎へ

親に連れられて。強制ではない(1歳ぐらい)
 
韓国に行くのもたいへん〉

 「私、ずいぶん行きましたよ向こう。韓国。ずいぶん行きました。私がその時は元気で働いていた時はね行ったけど、・・・・・ 続き
 
                      <音声データなし>
 
                          
ビョン・ウルスンさん
(女性 80歳)
足跡:韓国慶尚南道金海郡→大阪→福岡へ疎開→品川→川崎

自分で来た(19歳)
 
〈戦争は絶対にあってはならない〉
 戦争というものは、これはね、日本が戦争するとき「鷹揚平和のためならなんで命が欲しがる。」・・・・・ 続き
 
                      <音声データなし>
 
                          
パク・ジェウンさん
(男性 89歳?)
足跡:韓国慶尚南道→兵庫→茨城→秋田→川崎

朝鮮戦争を逃れ、貿易商の父を追って渡日(12歳?)
 
〈戦争犠牲者〉
 うちの親父(夫)はむかし日本の人に無理やり連れられて。一番最初につれてきた時は鉄砲玉つくる会社にいれられたの。・・・・・ 続き
 
                       <肉声聞けます>
                          
〈外国人登録係のえこひいき〉
                          
サ・ファスンさん
(女性 71歳)
足跡:中国→ソウル→釜山→東京→川崎

結婚するため(18歳)
 
〈こどもの頃〉
 子どものときはみんなハクソウヤしてたよ。髪の毛もこんなん(短く)じゃないよ。・・・・・ 続き
 
                       <肉声聞けます>
                          
〈来日していた男性との結婚を決められて渡日〉
                          
イム・サミさん
(女性 83歳)
足跡:韓国慶尚北道サンジュウ→大阪→横須賀→川崎

結婚して(18歳)
 
〈日本に憧れていた〉
 (おばが)日本の新宿にいるわけよ。暮らしがよかったからよくいろんなもの送ってくれたの。そういうの見てから、・・・・・ 続き
 
                       <音声データなし>
                          
カン・トッチョルさん
(女性 80歳)
足跡:韓国慶尚南道→東京→鶴見→埼玉→鶴見

嫁を探しに韓国に戻った男性と結婚して(16歳)
 
〈おいしいキムチのつくり方〉
 私は、日本に来て、六十何年いますけど、一度もキムチ買ったことない。冗談じゃないけど。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
〈長男が投獄されたとき〉
                                       
チョウ・メシルさん
(女性 82歳)
足跡:韓国全羅南道 こうしゅう→鶴見→ふかや→山梨→鶴見

生活苦のため姉を頼って渡日した(5歳)
 
〈指紋押捺反対運動が活発化したとき〉
 鶴見駅前で署名活動をした。また(鶴見)区役所で座り込みもした。民団も総連も関係なくやっていました。・・・・・ 続き
 
                        <肉声聞けます>
                           
パク・ポンレさん
(女性 75歳)
足跡:韓国全羅南道順天郡→千葉→東京→福島に疎開→鶴見