参加者の思い 
 

ハルモニとの下関・筑豊への旅でいただいた宿題

猿橋順子

 今、まさに今回の旅を共にすることができた皆さんと一緒に、旅行記のまとめ作業を、ひとつの区切りとしてつけながら、「“ことばの重み”とは何だろう?」、「“語りのリアリティ”とは何だろう?」と改めて考えている。答えはまだ明確ではない。時間をかけて、ゆっくりとこの問いに向き合っていかなくてはならないと思っている。ここには、そのためのメモ書きを添えさせていただきたい。
 私は、炭鉱産業、炭鉱労働についての知識をほとんど持ち合わせないままに、今回の旅に参加してしまった。申し込みをしてからでも、学ぶ時間はいくらでもあったのに、それをしなかった。本で読むより、現場に行ってしまった方が、「効率よく」学べるとでも、心のどこかでタカを括っていたのだろう。先入観にとらわれずに、ハルモニの語りに耳を傾けよう、と自分に都合のいいように考える節もあった。
 私は最終日にどうしても外せない用向きがあり、2日目の夕方にひとりで帰途についたのだが、二日間の下関・筑豊の旅は、不意に涙がこみ上げてくる瞬間に幾度となく襲われ、いつまでも昂揚した気持ちがおさまらなかった。私は普段は聞けないハルモニの語りに沢山触れ、現地で活動を展開されている方々から、多くの大切なメッセージをいただいた。そんなつもりになっていた。
 この旅行記をまとめるにあたり、私は旅すがら収録した語りの音声ファイルを聞き直した。繰り返し聞くうちに、私は自分自身の「聞く力量」のなさに、すっかりみじめな気持ちになってしまった。ハルモニはきちんと聞けば、ちゃんと分かるように話しているのに、私はといえば、的外れな質問を何度も繰り返している。ハルモニは根気よく何度も説明をしてくれる。手を変え、品を変え。私がきちんと理解するまで、あきらめずに語り続けてくれた時もあれば、「まぁいいや」という風にあきらめられてしまった場面もある。
 幸い、録音をしていたので、何がおっしゃりたかったのかはきちんと確認、記録できるのだが、日頃のハルモニとの対話もこの調子なのかと思うと、我ながら猛烈にガッカリしてしまう。
 「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」代表の山口武信さんは、とても穏やかな話し方をされる。こころから日本、韓国、朝鮮の真の平和と友好を望まれていらっしゃることが伝わる。後に、山口さんが執筆された、研究論文のコピーを3遍いただいた。そこには、地を這うように地道な記録の発掘と証言の収集、犠牲者の慰霊への誠実な使命感とたゆみない実践の蓄積、理解と協力を訴えかける、明快で鋭い心の叫びが綴られている。山口さんの紡ぎ出す「ことばの重み」に、改めて敬服する。
 問題は、私自身の「聞く力量」のなさである。再び山口武信さんのフィールド案内時の音声ファイルを聞いてみると、なんと、その3篇の論文に収められている全容は、柔和な語りの中に、実に控え目に、されども、まんべんなく、的確に語られていたのである。それを私はフィールドではきちんと聞き取れていなかった。その多くを聞き逃し、聞き流していた。
 私は普段、あまり抵抗もなく「ことばの重み」や「語りのリアリティ」を云々してきた。自分自身の「聞く力量」をさしおいて、「ことばの重み」も「語りのリアリティ」もないではないか。仮に、声よりも、文字が心に響くように慣れ親しんでしまっているのであるとするならば、ウリハッキョ(識字活動)でハルモニと共に学ぶ日本人である私にとって、これはゆゆしき課題である。
 この旅を通して私に示された課題を、学ぶことの喜びとともに、ここにしっかりと刻み、今後の心の糧としたい。
 最後に、この旅を共にした方々、この旅を支えてくださった方々、この旅で出会った方々、留守を守ってくださった方々に心から感謝の気持ちを伝えたい。ありがとうございました。

 
 
在日コリアン一世の炭鉱労働を学ぶ
下関・筑豊フィールドワークの旅
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